広島生まれ。父親の転勤のため、2,3年周期で引越、転校を繰り返す。
四人兄弟の次男。(兄・弟・妹)
おもちゃのかわりにドラムセット、ピアノ、トランペット、ギターなどが置いてあるような家で育つ。
若干5歳にしてバイオリンに興味を示し、その天才ぶりを親にアピールするが、兄が同時にバイオリンを始め、レッスンの進捗具合は2歳年上の兄の方が当然早く、それが面白くなかったため8ヶ月で挫折。
どちらかというと凡人の忍耐力のなさをアピールしただけに終わる。
ジャズピアノを弾いていた父親(当時45歳)がある日突然バークリー音楽大学で本格的に音楽を勉強したいと言い始め、二十数年間勤めていた会社を退職、購入したばかりだったマンションを売却し、家族六人揃ってボストンへ移住。当時高校に入学したばかりの15歳。
父親が音大生となり、家族の収入が途絶え、アメリカでの極貧生活が始まる。
ハンバーガーを注文する英語力すらないにも関わらず現地校の10年生に転入。
高校、大学時代をアメリカで過ごす。貧乏から来る暇にまかせてギター、ピアノを弾きまくる。いつからか作曲を始め、その曲たちに詞をつけるために詞を書き始める。マサチューセッツ州立大学アムハースト校卒業(コミュニケーション学科+副専攻心理学)。
卒業したら日本とアメリカどっちに住むつもり?と知り合いのほぼ全員に聞かれ、他にもたくさん国があるから色々見てから決めるという名目を掲げ、1年間に渡りギターとバックパックを持ってアメリカ全土、ヨーロッパ、イスラエルなどを放浪する。気に入ったところがあれば本気で移住するつもりだった。無謀にもグレイハウンド・バスに四日間乗り続けてアメリカ横断(アリゾナ~ニューヨーク)を決行したのもこの頃。
ヨーロッパを放浪中にアイルランドで財布を盗まれ、現金もクレジットカードも身分証明書もない状態での待機期間が二週間ほどあり、泊まらせてもらっていたデンマークの友人宅でひまつぶしに文章を書き始める。
2001年、「トキワ荘の青春」のような生活に憧れ帰国、小説家になる、と言いながら東京へと拠点を移す。恵比寿にある外人ハウスの4畳半の部屋へ引越し、望んでいた以上の貧乏生活を始める。
部屋が決まるまでの間に1週間泊まっていたカプセルホテルでであった酔っ払いのおっさんに紹介してもらった音楽プロデューサー兼松光氏に作詞の才能を認められ作詞家の道へ。2003年5月、山本潤子(元ハイファイセット)を中心に結成されたコーラスグループAprilへ提供したBefore Rain Stops -BRSでビクターから作家デビュー。その他にも杉山イチロー氏プロデュースのゲームTrue Love Story、キミキス、True Fortuneの主題歌などを多数手がける。
2003年あたりからソロアーティストとしてライブ活動を開始。2005年には恵比寿スイッチにて初ワンマンライブを決行。
その他、外資系コンサルティング会社、外資系銀行、ラジオDJ、バーテン、会員制高級クラブの受付、ネカマ、テレアポなどの仕事を経験。
家から近いという理由だけでガーデンプレイスにある外資系証券会社でやる気のなさ丸出しで勤務していたが2004年2月に退職。その後インドのIT会社、某日系大手メーカー会社などを転々とする。働くことが好きではないので仕事はめっぽう早い。
翻訳家としての評価も高く秋山晶氏、一倉宏氏などの巨匠コピーライターの翻訳等を手がける。また2008年7月に発足したブログメディアサイトLifehacker.jpの翻訳を日々行っている。
現在はフリーの作詞家・シンガーソングライター・翻訳家として活動中。
2009年10月より新たなプロジェクト(24 Hours Project)を開始。
バイリンガル(TOEIC950)。将棋弐段。家族は無事アメリカで永住権を取得し、ケンタッキー州に在住。現在33歳。
2010年1月現在、iPhoneから海パンまで色んなモノを盗まれながらも果敢に中米を放浪中。
(最終生存確認地:ニカラグアの首都マナグア)
基本スペック:
Favorite people and things: 好きなもの
たらこスパゲッティ・黄色・ダリ・岡本太郎・バーボン・Bob Dylan・TM NETWORK・村上春樹・パウロ・コエーリョ・浅田次郎・John Mayer・糸井重里・コーヒー・ギター・ピアノ・雑巾がけしたばかりのフローリングを裸足で歩くこと・レコードの匂い・宮沢和史・サンフランシスコ・アムステルダム・ウィーン・日々の暮らしみたいなもの・リトルコーン島(ニカラグア)
Peeves: 嫌いなもの
レーズン・形だけ中途半端に綺麗で中身がないもの・月曜日・口だけの約束・メタボリックシンドローム
四人兄弟の次男。(兄・弟・妹)
おもちゃのかわりにドラムセット、ピアノ、トランペット、ギターなどが置いてあるような家で育つ。
若干5歳にしてバイオリンに興味を示し、その天才ぶりを親にアピールするが、兄が同時にバイオリンを始め、レッスンの進捗具合は2歳年上の兄の方が当然早く、それが面白くなかったため8ヶ月で挫折。
どちらかというと凡人の忍耐力のなさをアピールしただけに終わる。
ジャズピアノを弾いていた父親(当時45歳)がある日突然バークリー音楽大学で本格的に音楽を勉強したいと言い始め、二十数年間勤めていた会社を退職、購入したばかりだったマンションを売却し、家族六人揃ってボストンへ移住。当時高校に入学したばかりの15歳。
父親が音大生となり、家族の収入が途絶え、アメリカでの極貧生活が始まる。
ハンバーガーを注文する英語力すらないにも関わらず現地校の10年生に転入。
高校、大学時代をアメリカで過ごす。貧乏から来る暇にまかせてギター、ピアノを弾きまくる。いつからか作曲を始め、その曲たちに詞をつけるために詞を書き始める。マサチューセッツ州立大学アムハースト校卒業(コミュニケーション学科+副専攻心理学)。
卒業したら日本とアメリカどっちに住むつもり?と知り合いのほぼ全員に聞かれ、他にもたくさん国があるから色々見てから決めるという名目を掲げ、1年間に渡りギターとバックパックを持ってアメリカ全土、ヨーロッパ、イスラエルなどを放浪する。気に入ったところがあれば本気で移住するつもりだった。無謀にもグレイハウンド・バスに四日間乗り続けてアメリカ横断(アリゾナ~ニューヨーク)を決行したのもこの頃。
ヨーロッパを放浪中にアイルランドで財布を盗まれ、現金もクレジットカードも身分証明書もない状態での待機期間が二週間ほどあり、泊まらせてもらっていたデンマークの友人宅でひまつぶしに文章を書き始める。
2001年、「トキワ荘の青春」のような生活に憧れ帰国、小説家になる、と言いながら東京へと拠点を移す。恵比寿にある外人ハウスの4畳半の部屋へ引越し、望んでいた以上の貧乏生活を始める。
部屋が決まるまでの間に1週間泊まっていたカプセルホテルでであった酔っ払いのおっさんに紹介してもらった音楽プロデューサー兼松光氏に作詞の才能を認められ作詞家の道へ。2003年5月、山本潤子(元ハイファイセット)を中心に結成されたコーラスグループAprilへ提供したBefore Rain Stops -BRSでビクターから作家デビュー。その他にも杉山イチロー氏プロデュースのゲームTrue Love Story、キミキス、True Fortuneの主題歌などを多数手がける。
2003年あたりからソロアーティストとしてライブ活動を開始。2005年には恵比寿スイッチにて初ワンマンライブを決行。
その他、外資系コンサルティング会社、外資系銀行、ラジオDJ、バーテン、会員制高級クラブの受付、ネカマ、テレアポなどの仕事を経験。
家から近いという理由だけでガーデンプレイスにある外資系証券会社でやる気のなさ丸出しで勤務していたが2004年2月に退職。その後インドのIT会社、某日系大手メーカー会社などを転々とする。働くことが好きではないので仕事はめっぽう早い。
翻訳家としての評価も高く秋山晶氏、一倉宏氏などの巨匠コピーライターの翻訳等を手がける。また2008年7月に発足したブログメディアサイトLifehacker.jpの翻訳を日々行っている。
現在はフリーの作詞家・シンガーソングライター・翻訳家として活動中。
2009年10月より新たなプロジェクト(24 Hours Project)を開始。
バイリンガル(TOEIC950)。将棋弐段。家族は無事アメリカで永住権を取得し、ケンタッキー州に在住。現在33歳。
2010年1月現在、iPhoneから海パンまで色んなモノを盗まれながらも果敢に中米を放浪中。
(最終生存確認地:ニカラグアの首都マナグア)
基本スペック:
Favorite people and things: 好きなもの
たらこスパゲッティ・黄色・ダリ・岡本太郎・バーボン・Bob Dylan・TM NETWORK・村上春樹・パウロ・コエーリョ・浅田次郎・John Mayer・糸井重里・コーヒー・ギター・ピアノ・雑巾がけしたばかりのフローリングを裸足で歩くこと・レコードの匂い・宮沢和史・サンフランシスコ・アムステルダム・ウィーン・日々の暮らしみたいなもの・リトルコーン島(ニカラグア)
Peeves: 嫌いなもの
レーズン・形だけ中途半端に綺麗で中身がないもの・月曜日・口だけの約束・メタボリックシンドローム

